いぬの看板

あの町角を曲がれば

いぬの看板<特別編・その19>

いぬの看板<特別編・その19>

(N暗K太・著『犬のかんヴぁん』 Voyage of my dog sign  ~埼玉県東部地域編~より)

 

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【目次】

プロローグ・・・・・・・・・・・2

犬看板探訪の計画を練る夜・・・・4

白岡市・・・・・・・・・・・・・5

伊奈町・・・・・・・・・・・・・7

蓮田市・・・・・・・・・・・・・9

犬の看板ブログ簡単考察・・・・・10

春日部市・・・・・・・・・・・・12

宮代町・・・・・・・・・・・・・13

杉戸町・・・・・・・・・・・・・14

幸手市・・・・・・・・・・・・・15

五霞町・・・・・・・・・・・・・16

久喜市・・・・・・・・・・・・・17

エピローグ・・・・・・・・・・・18

ポケット旅行記・・・・・・・・・19

オリジナル犬看板・・・・・・・・20

 

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■プロローグ

熱帯夜の表参道を歩く。人はまばらだ。煌びやかなショーウィンドウの灯りと裏路地の暗闇が点滅して映る。

逃げ場のない灼熱。息をしようと力むほど呼吸が苦しい。そんな状態も、自然と郷に従える、謎めいた高揚感が湧いている。何これ、歩いているだけで楽しいじゃないの。異国で(そうだなぁ、モロッコあたりかな)旅でもしているような感覚だ。今なら温いコーラだって美味しく飲めちゃう。

2020年8月某日、仕事帰りに、ろるらり展へ向かっていた。数ヶ月ぶりの個人的な外出だ。コロナで随分と外出を自粛していた。仕事はテレワークが始まり、週一回程度の出勤も、寄り道せず、自宅との往復にとどまっていた。友人と会う約束はするも、刻々と変化するコロナ感染者状況を鑑み、控える日々。夏の帰省も、妻と相談し、見送っていた。

会社は、社会情勢をモロに受け、相次ぐ閉店、人員整理、コスト削減。同僚の女性と(職種柄)我々は全て片付いてから、はい、ありがとうございましたって肩を叩かれるんでしょうね、と笑えない冗談。目の前に現れる過去経験したことのない切り捨て作業に、精神はヤケクソだった。

激動の4月〜6月、その余波が残っていた7月、今後の見通しが立たないことで新店準備の動きもなく、比較的落ち着きを取り戻してきた8月。そこでSNSで目にしたミスIDから非常に気になる存在となっていた、ろるらりさんのろるらり展開催。ギャラリーも会社から帰宅時の導線上にある。気付けば自然と足が向いていた。

高揚感に浸りながら、ギャラリーに向かう途中、横断歩道の前で、ロードバイクに乗った若者男性が一瞬で駆け抜けた。背中にはウーバーイーツの箱型バッグを背負っていた。人工的に吹いた風には、汗を含んだ強烈なケモノ臭さが、残り香のように漂っている。

軽い眩暈を起こす。いまの非日常はいつから始まったのだろうか。やはり緊急事態宣言からか。お店が臨時休業の貼り紙を出す、不要不急の外出を控えてくださいと伝える市町村防災行政無線、ひと気のない街、公園でマットを敷きバレエの練習をするレオタード姿の少女たち、トイレットペーパーやティッシュ、缶詰などの保存食の品薄状態、オリンピック延期後にも街中で見かけるTOKYO OLYMPIC 2020のポスター、学校の休校、公共の屋内・外施設、プールや公園の水遊び場が利用中止、病院の面会禁止、お店等の入店時にアルコール消毒と体温チェック、歩いているひと全員マスク姿。

それらの光景は、異様に映った。世界が一変したような気持ちにもなった。

女性の話し声が後ろから聞こえた。クレープを頬張りながら歩く女子高生二人組だ。顎まで下げているマスクの白色がやけに映えて見える。裏路地に入ると、途端に辺りが静かになった。先程すれ違ったロードバイクがマンションの前にとめてある。サドルにウーバーイーツの箱型バッグがゆらゆらとぶら下がっている。来た道を振り返る。街明かりが裏路地を照らしている。

光と影。表と裏。境界線は曖昧だ。高温の無風状態の中、真夏夜に溶けてしまいそうな感覚になりながら、今日のこの瞬間の心地よさだけが頼りだと、強く思った。

 

<特別編・その20>に続く